2019年8月に、医療用ウィッグメーカーのスヴェンソン主催による遺伝性がんについてのセミナーが開催されました。連載1回目は聖路加国際病院 オンコロジーセンター遺伝診療部 大川看護師による講演 遺伝性がんについて、連載2回目は遺伝子を使った新しいがん治療と課題についてお伝えしました。連載3回目は、実際に遺伝性カウンセリングを受け、遺伝性腫瘍と判明した患者さんの体験談をご紹介します。遺伝性がんの検査、家族への伝え方、感じたことなど、とても真っ直ぐにお話ししてくださいました。
がん家系を自覚して、あんなに予防していたのに…
私は約2年前、がん患者さんなら経験のある「えっ、私ががん?」という状況になりまして、そこから人生の在り方すべてが変わりました。
私の祖母は卵巣がん、母は胃がんで亡くなっています。父方の叔母たちは卵巣がんと胃がん、いとこは乳がんから食道がんを経験し、この4年間で親類縁者が相次いで4人も他界しています。このようなこともあり「自分はがん家系」と認識していたので、この5~6年は予防のためにとてもストイックな生活を送っていました。
具体的には、自宅で調理に使用する野菜はすべて無農薬野菜に切り替え、酸化した揚げ物は絶対に食べない。肉は控えめにして、乳製品は極力食べない。便秘や下痢にならないような、腸のための食事をする。太らない。規則正しい生活をする。前向きな思考を心がける。ストレスは溜めないで流す。さらに飲料水からヘアケアまで、天然由来のものを選んで生活してきました。
それでも、そんな生活をしていても、がんになったのです。
私ががんを告知されてから「遺伝性腫瘍」と分かるまで、遺伝がん患者になって体験したこと、感じたことをお話したいと思います。
遺伝性がんが分かるまで、分かってからの様々な選択
乳がんが見つかったときはステージⅢB。左胸に6センチの腫瘍があり、リンパへの転移もみられました。抗がん剤治療のタキソールを始めてから腫瘍がどんどん小さくなっていき、薬がACへ代わるタイミングで治験の話をいただきました。ACを最後までやっても完全にがんが消えなかったら新薬を、という話でしたが「BRCA(遺伝性腫瘍)の疑いがあること」というのが新薬を試す条件でした。結果として新薬を試す前にがんは消えたのですが、並行して行っていた遺伝子検査でBRCAだということが分かりました。
それからが大変でした。術前抗がん剤だったので、手術が残っています。「エコーでは完全に消えていると判定されたけれど、抗がん剤をやる前はリンパへの転移もたくさんあったし、(乳房は)全摘した方がいいと思う」と医師から提案されました。
全摘するとしたら、右乳房の予防切除はどうするか。再建を希望するのか?希望するなら、同時再建するのかどうか。その際、人工物を入れるのか、自分の細胞を使うのか。卵巣はどうするのか。そして家族には、いつ、どんなタイミングで伝えるのか…判断しなければならない事が、一気に押し迫ってきました。
結果、私は両乳房、卵巣、卵管の全摘という選択をしました。乳房の同時再建は希望しませんでした。というのも、自分のがんはトリプルネガティブなので、3年間は再発のリスクが高いと知ったからです。ただでさえ不安な日々を送るのに、胸を再建することによる痛みを考えたくなかったので「とりあえず再建するなら3年後に」と思いました。
今日は胸があるように見えますが、パットを3枚入れております。どこでも買えるパッドです。いろんなメーカーのものをmixして入れています。見た目は分からないと思います。今まで無地の洋服を着ることが多かったのですが、柄物を着て、胸のシルエットが分かりにくいものを選んでいます。
遺伝カウンセリングと家族へ伝えるタイミング
がん治療のことはもちろん、日々進歩する遺伝がんの情報や家族への伝え方などの相談は、病院内にある「遺伝カウンセリング」を利用しました。カウンセリング料は自費で、1回30分3000円かかりますが、心の安定のためと思えば安く感じます。相談することの利点は私にとってたくさんありました。
カウンセリングで話す内容は様々です。遺伝性がんの話だけではありません。私は毎回メモを準備していき、自分が手に入れた情報の真偽、主治医に聞きそびれたこと、家族への伝え方も相談しました。セミナーなどで聞いた話は「私には当てはまるのかどうなのか」など、がんにまつわる色んなことを聞いて、サポートしていただいています。
100人いたら100通りのドラマがある。抗がん剤の副作用の出方も皆さん違うので、信頼できる看護師さんとカウンセリングできているのはとてもありがたいです。
娘は海外の大学に行っているので、年末に帰国した際に乳がんに罹患したこと、抗がん剤治療をしていることを伝えました。
娘は私ががん予防のためにストイックな生活をしているのを知っていたので「あれだけやってもがんになるんだね。仕方ない、がんばろうよ」と励ましてくれ、二言目には「私も乳がん保険入らないと」と言っていました。私はこの子なら遺伝性腫瘍のことを伝えても受け入れられるんじゃないかと思いましたが、主治医と夫が反対。二人とも「娘が結婚するまで言わない方がいい」という見解でした。それでも私は娘の結婚する時期や、その前に再発したら?…と考え、やはり言った方がいいのでは、という思いが募りました。
大川看護師はじめ、主治医とも相談して、手術から1年後に遺伝性腫瘍のことを娘に話しました。海外でも私の資料を持っていけば、遺伝子検査はどこでもできるそうですが、最初のカウンセリングが大事で、成人している以上、彼女の判断にすべてが委ねられます。今のところは帰国してからでもいいのではないかと主治医と娘と話し、帰国後に検査する予定でいます。
がんになって感じたこと、やってきたこと、これから
がん患者になって、情報の処理が大事だとつくづく思いました。私はセミナーを使い分けしていて、有名な方の講演はyoutubeを見たり、書籍で読みます。医療は日に日に進歩しているので、より日付の新しいものを選ぶようにしています。実際に足を運ぶものは、講演される医師に会いたい、質問してみたいと思った時。なかでも主催者がしっかりしているものを選んで参加しています。そしてセミナーに行った後「私にとってはどうなのか」を見極めることが重要です。
私はすごく面倒臭い患者です。すべて納得して先へ進むために、外来の短い時間で聞けるだけの質問を準備して、診察に臨みます。再発のことや今後について心配する時間を、趣味やワクワクすることに充てています。やりたいことを行動に移すようにしています。人にどう思われるのか、を気にしすぎて人生終わるのはもったいないと感じます。人のものさしは、自分が見てきたこと、体験してきたこと、聞いてきたことでつくられています。みんな違っていいんです。「人は、思い込みと口に入るものからできている」と知人から聞きました。思い込みを外そう、と私も頑張っています。
抗がん剤によって体重が8kg増えました。更年期の症状もあります。あとはいたって元気です。仕事、日帰りの旅行、娘のいる海外へ行く、友達とのランチ、チャレンジしたかった資格…好きなことをして、過ごすようにしています。
最後に、私がこうやって前向きな気持ちを持ち続けてこられたのは、同病の友人ができたことが大きいです。偶然にも抗がん剤の時期や手術も重なり、合宿のような楽しい入院生活でした。彼女の存在に本当に救われました。感謝しかないです。今後もお互いより濃厚な人生が送れるように励ましあっていきたいと思っています。