2019年8月に、医療用ウィッグメーカーのスヴェンソン主催による遺伝性がんについてのセミナーが開催されました。講師にお招きしたのは、聖路加国際病院 オンコロジーセンター遺伝診療部で、遺伝性がんに関する高い知識と豊富な経験をもとに、治療中の患者さんの相談受付・サポートを行う大川看護師。連載1回目は遺伝について、遺伝性がんについてお届けしました。
連載2回目は、遺伝子を使った新しいがん治療と、現実的な課題についてご紹介します。日進月歩で進化する医療の現場で大川さんが感じたことを、ぜひ最後までお読みいただければと思います!
遺伝子を使った、新しいがん治療
「がんゲノム」「がん遺伝子パネル検査」「がんゲノム医療が保険適用」…そんな言葉が、最近メディアで盛んに取り上げられています。がん関係の記事は医療用語が多くて、一般の方には難しいですよね。そこで新聞やニュースを読み解くための知識として分かりやすくお話したいと思います。
まず、ゲノムという言葉は造語です。英語で「gene 遺伝子」「-ome すべての」を合わせたもの。私たちの身体の中には細胞があり、染色体があり、DNAがあります。DNAの一部が遺伝子と呼ばれる部分です。ゲノムとは、DNAのすべての遺伝情報のことです。では、がんゲノム医療というのは何を目指しているのか?
人間の細胞の中に入っているゲノムを使って、3つのことをしようとしています。
1.血液検査でがんを診断できるようになる
現代の医療では、がんと診断するまでに、画像を撮ったり、細胞を採ったりと検査を重ねますが、これからは「1回の採血」でがんを診断することを目指します。欧米ではすでに開始されていますが、まだ正確ではなく、すべてのがんが見つけられるわけではありません。よほど進行したがんなら見つけられるかもしれませんが、進行する前に見つけたいですよね。そういう意味では、これはまだまだ研究を進めていかないといけない分野です。
2.遺伝性腫瘍も検診でわかるようになる
この記事のテーマである「遺伝性腫瘍」を発見することです。乳がんになりやすい遺伝子をもっていると分かっているのであれば、普通の乳がん検診ではなくて、専用の遺伝子レベルの検診を受けましょう。これも研究が進んでいますが、遺伝子検査ができる施設が全国に少なかったり、遺伝子検査はできるけれど、検診プログラムを提供できる環境がなかったり…一番の問題はすべて自費だということです。
3.より効果のある薬を選ぶことができる
国がいちばん推し進めている研究で、患者さんにもメリットの大きいのが遺伝子研究です。がん対策基本法でも中核にあたるゲノム医療は、国も莫大な資金を投資しています。ゲノム医療の研究が進むことによって、それぞれのがんに最適な薬、効果の高い薬を選ぶことができるようになります。
たとえば、私たちも普段の医療現場で疑問に思っていることですが、乳がんの患者さんで同じように受容体があって、同じようにホルモン剤を飲んでいる人でも、全然再発しない人と再発する人がいます。再発した患者さんは、遺伝子レベルでみるとホルモン剤が効かないタイプの遺伝子をもっていたのかもしれない…といったことが分かってくると、効果のないものは避け、より効果のある薬を選ぶ、という選択ができるようになります。副作用が強い薬で効果がないと、つらいですよね。そういうことが避けられるようになります。
ゲノム医療の今後と課題
ゲノム医療が保険診療適用になったとは言うものの、保険診療に該当する人は非常に限られています。ここまでの話を聞くと、みなさん受けたくなっちゃうと思いますが、保険診療の該当者が限られているうえに、保険を使えるのは「人生で1回だけ」と決まっているのです。もちろん自費で払えばできますが、車が買えるくらいです。
先程「よりよい医療に結び付く」というような表現をしましたが、現実的に治療に結び付くまでの道のりはまだ遠いのです。たとえば国立がんセンターでおこなった調査・研究だと、100人の遺伝子を調べて「この薬が使えるかもしれない」と判断されたのは10人です。その10人のうち、日本に存在する薬だった人は、さらにその半分くらいの人でした。自分に効く薬は分かったけど日本にはない、ということもあるのです。その場合、治療をしに海外へ行ったり、自分で薬を輸入するということになりますが、現実的ではないですよね。今すぐ治療に結び付くかと言われれば可能性は低いです。
また、自分のがん治療のために遺伝子を調べるわけですが、遺伝性腫瘍も見つかった場合、自分の家族に遺伝している可能性もでてきます。遺伝性腫瘍は100人調べると5%の方が該当することが分かってきていて、家族・親族への対応を含め、慎重に検討することが必要です。
新しい医療情報や遺伝性腫瘍のことを、気軽に相談できる場所はご存知ですか?
全国のがん診療連携拠点病院には「がん相談支援センター」というものがあります。もしご自身が治療を受けている病院に支援センターがない、という場合は、最寄りの支援センターに行ってください。ご本人、ご家族、誰が相談にいっても大丈夫ですし、もちろん無料です。外出が難しい場合は電話での相談もできます。支援センターにいる職員は全員が医療者ではありませんが、がん関係の基本的な相談にはのれるように勉強しています。
あとはご自身の主治医、周りの看護師さんたち。ゲノム医療について詳しい方は多くはないかもしれませんが、患者さんが相談してきたらそのままにはしないと思います。 不安に思うことがあれば、一人で抱えこまず、話してください。
>連載3回目は、がん治療中に実際に「遺伝性腫瘍」が見つかった患者さんの体験談をお送りします。更新をお待ちください。
大川看護師プロフィール
東京・聖路加国際大学病院オンコロジーセンター勤務。主に遺伝診療部やブレストセンターで活動。遺伝性がんに関する高い知識と豊富な経験をもとに、治療中の患者さんの相談受付・サポートを行う。