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ライフスタイル密着取材 MIHOさん

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手術して、がん取って、ここから先が自分の人生

3人の子育てを終え、念願だった看護の勉強をはじめたMIHOさん。卒業間際の実習中に病気が発覚するも、学業と治療を両立していまでは看護師として勤務中。子どもへの伝え方や罹患後の就職活動などのお話を聞きました。

プロフィール MIHOさん(45歳) 佐賀県
[家族構成]夫、次女と3人暮らし
[がんの部位]乳房
[取材時の状況]抗がん剤→手術→ホルモン療法中

子育てがひと段落し、やっと自分の時間がもてた時…

子育てがひと段落して、小さい頃から夢だった看護師を目指して2年制学校に通っていました。結婚した時期が早かったので、自分のために勉強する時間もなくて。やっと自分の時間をもてた感じでした。 あと8か月で卒業というときに病気がわかりました。最初は胸の下あたりの塊に気づきました。気づいた時は長期実習や子どもの部活で忙しかったので、落ち着いた頃にまた触ったら石のような感触になっていたんですよ。
ブラをつけるときに胸の横は触るじゃないですか。でも下って触らないから気づかなかったんですよね。半信半疑でクリニックに行ったんです。そこは細胞診も出来るし、エコーも、マンモもその日に出来るので、がんだとわかるならここが一番早いだろうなと。もしがんなら一日も早く治療をしたかったので。

しこりは完全になくなった、けれど全摘

6月下旬に初診で行って、その時にはすでにステージ2Bと言われました。すぐ抗がん剤をすることになって「だいたい2回目くらいで効いてくるけど、やってみないと分からない」って言われてたのに、1回目の投与で石のように硬かったしこりが柔らかくなってきて。まさかと思って黙ってたけど診察のときに先生にも「エコーで見ても消えかかってる」って言われて。私のがんに合うお薬だったんですよね。
私はトリプルネガティブではなかったんですけど、ホルモンの受容体がなかったので使えるのが抗がん剤だけだったんです。だいたい勢いがあるがんには抗がん剤は効くんだって。3週の4クールが終わるときには、もう完全にしこりがなくなりました。
さらにもうひとつ抗がん剤を1週間ごとの3か月、12月までしたら、しこりは完全になくなりました。だけど、先生から「病巣があったところは最初の通り全摘したほうがいいけど大丈夫?」って言われて。
子育ても終わっているし胸がなくなることに関してはなんとも思わなかったですね。いまはホルモン剤を服用中です。

治療をしながら実習、無事卒業し就職

まだ看護学校の実習が2科目残ってたから、治療を受けながら実習もしてたんです。看護学校の先生がものすごくいい方で、病気を伝えて授業を続行するってなったときも、いろんな手助けをしてくれました。
実習の受け入れ先の病院の師長さんたちとも話をして、スムーズに進められるような環境をつくってもらい、無事に卒業しました。そのあと念願の資格を取って就職活動を始めたんですけど、いまのは20何年前に医療事務として働いていた職場に勤務しています。知っている人が多いということもあって、病気をしていることは面接のときに全部話しましたね。それでダメだったら仕方ないって気持ちだったんですけど、快く受け入れてもらって。初日の自己紹介のタイミングでも、抗がん剤治療をしていてウィッグですって公表しました。ウィッグだって言われないとわからないってよく言われました。
ずっと立っているのに慣れなくて、気疲れもするし、1か月くらいちょっときつかったけど、いまでは夜勤もしてます!

手術して、がん取って、ここから先が自分の人生

なんかね、私の人生いまからだなと。手術して、がん取って、次のステップに進んだ感じ。ここから先が自分の人生なんだと思ってます。
これまでは子どもたちのために時間を割いてきたけど、これからは自分のために時間を使おうと思っています。病気になって、がん保険の大切さも知ったし、周りに検診も勧めてます。
職場の人たちも何人か行ってくれたんですよね。なにもなければ「よかった」だけど、なにかあっても「見つかってよかったね」なんですよ。考え方次第だと思うんです。検診行ってなにもなかったら当たり前、見つかったらラッキーってね。伝えていけたらいいなと思います。

一人でいるのが怖くて、友達の家へ泊まり続けた長男

3人の子どもたちには、別々のタイミングで話しました。
長女と長男は離れて暮らしていて、一緒に住んでいるのは次女だけなんですけど、検査の結果を聞きに行くとき「どうする?」って聞いたら「行くよ」って言うので一緒に聞きました。当時中学生だったんですけど、やっぱりショックだったらしく、いろんなことを考えたみたいですね。実際、同じ家にいて髪が抜けたり腫れたりするのを見ているので、一番辛かったかもしれませんね。
家を出ている長女は社会に出て、看護師の仕事をスタートし、一人暮らしをはじめた頃でした。電話で仕事の大変さとか色々と親子の会話をしてから、病気のことを話したんですけど、言ったその瞬間に、声のトーンが「看護師」になった。それで大丈夫だなって思って全部話しました。
大学生の長男に対して一番、言うかどうか悩みましたね。普段は離れて暮らしてるけど、帰省してきたときに髪が抜けてたりするだろうから、言っておいた方がいいなと。たまたま電話がかかってきたタイミングで話しました。
電話越しに動揺してるのがわかったので、大丈夫だよって伝えました。そのあとは連絡とらなかったんですけど、お盆に帰ってきたとき「お母さんががんって知ったとき、どうしてた?」て聞いたら「一人でいるのが怖かったから、1週間友達の家に泊まってた。夜中とか朝方に電話きて、亡くなったとか言われたらどうしようかと思って」って。やっぱりがん=死なんでしょうね。剣道部なんですけど、同期の部員に全部話したんだって。どうなるかわからないから。自分の中で抱えるには大きな問題だったということですよ。きっと。だから誰かに話して分散したかったんでしょうね。
姿を見ていないから、色々考えたんでしょうね。

取材時/2017年7月
8号掲載

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