「がん」と向き合うなかで起こる心の変化。それはいったい、どのようなものなのでしょうか。命のこと、治療のこと、家族のこと、仕事のこと、お金のこと…一人ひとり抱える悩みは異なります。正しい情報の選び方、不安との付き合い方のコツを、社会福祉の視点からサポートする、医療ソーシャルワーカーの大沢かおりさんにお聞きしました。
相談室で、どんなことをお話しされていますか?
この病院(東京共済病院)では、乳がんと診断された患者さんは、医師から相談室を紹介されます。たいてい診断時の治療開始前で、ニーズや状況に合わせて対応しています。
今後の生活や仕事のことを考えるにも、治療の選択をするにも、正しい「情報」がないと適確に判断できないので、まず正しい知識をお伝えするところから始めます。正しい情報と知識を手に入れることで、不安が軽減される部分は大きいです。もちろん患者さんの置かれている環境はそれぞれ違うので、情報があるというだけでは解決できないこともあるでしょう。それでも情報があることで、患者さんの気持ちがラクになることもあるので、しっかり伝えられるようにしたいと思っています。
たとえば見た目の変化というのは、とくに女性にとっては大きいことですよね。抗がん剤で脱毛しても自然に見えるウィッグがあることや、眉毛・まつ毛が抜けたり肌に黒ずみが出ても自然にカバーできる方法があること。手術で乳房を全摘する場合には様々な種類のパッドや人工乳房があることなどもお話ししています。そういったグッズは現物を相談支援センターに取り揃え、試着したり触ってみたりできるようにして、悩みを「具体的に」軽減するようにしています。
また、医療費などのお金の制度は一番最初にお伝えしています。転移後の状態によって障害年金が受給できそうな場合は、申請のお手伝いも。
とにかく一人ひとり状況も事情も違うので、その方の状態を正確に把握し、不安を受け止めながら、必要な情報があればそのつどお知らせしています。
乳がんのサブタイプ(性格)、抗がん剤や手術のスケジュールを確認しながら情報を選んでお伝えしていきますが、あまりたくさん言われても大変だと思うので、外来時に困りごとや不安を抱えていないか、タイミングをみてお声かけしています。
院内では、医師、看護師、がん薬物療法認定薬剤師と情報共有を密にしながら、患者さんの大変な時期をみんなでサポートしています。妊孕性温存、HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)については、必要な方には医師と共に情報提供しています。治療開始後は、副作用対策、あらゆる苦痛の緩和、ご本人家族の不安の軽減など、少しでも患者さんが安心して日常生活を送れるように気を配ることも仕事のうち。「副作用の症状がでて辛いときは、次の外来まで待たずに、我慢しないですぐ連絡ください」とみなさんにお話ししています。症状に応じて取れる手立てはあるので、患者さんが一人で悩んでしまわないよう、心がけています。
世の中に溢れる情報、どう選べばいいですか?
現代は情報過多の社会。患者さんが不安な気持ちで情報を探そうとすると、トンデモ情報に惹かれてしまったりします。残念ながら、科学的に根拠のない怪しい情報も多く、それらは新聞の広告欄、雑誌の特集、SNSなどにも紛れ込んでいます。情報収集する時には、その情報の「発信源が信用できるかどうか」の判断も大切です。
がんになって食事を工夫しようとされる方もいますが、「がん 食事」で検索すると、何を食べてはいけない、何を食べたらがんが治る、など眉唾ものの内容もたくさん出てきます。そういった情報に患者さんやご家族が惑わされてしまわないように、一部の医師たちが信頼できる医療情報をわかりやすく発信しようと立ち上がっています。SNSで「#SNS医療のカタチ」と検索してください。がん治療医としても活躍している医師たちが、根拠のある医療情報を発信していますので参考になると思います。医療に詳しくない一般の方に届ける情報として書かれているので、とても分かりやすいです。この相談室にいらっしゃった患者さんには、インターネットで得られる情報だけじゃなく、本も紹介しています。
そして何より大事なことは、がんは人によって異なり、あなたのがんの専門家は主治医であるということです。なので、ぜひ遠慮せずに主治医に調べた情報を相談して欲しいと思います。とは言っても、忙しそうな医師に遠慮してしまう方もいると思うので、そういった場合は看護師やソーシャルワーカーなどを気軽に頼ってください。
自分の心と向き合うコツはありますか?
がんと診断を受けると、たいていの方が非常にショックを受けます。信じられない気持ちや、悲しみ、怒り…さまざまな感情におそわれます。そんな時期が2週間ほど続いたのちに、徐々に現実に向き合えるようになってくるとされています。
辛い事があった時、早くそこから抜け出したくて、悩んでしまうかもしれません。
ありのままの自分を受け止めて、話を聞いてくれる親しい方が居れば、話してみるのがオススメです。話しているうちに、気持ちが落ち着いてくることもあります。「がんになった人と話してみたい」と思うなら、患者サロンや患者会で自分に合った集まりを探してみるのも良いでしょう。地域で活動している会や、ブログを中心に活動しながら定期的に実際に集まるようなグループもありますし、SNS上でやりとりする場も増えてきています。「複数人と話すより1対1の方が向いている」と感じる方は、相談支援センターも活用してみてはいかがでしょう。自分が無理なく感情を出せ、「心地いい」と感じる場所を見つけましょう。ちょっとここは疲れるな、と感じたら無理してその場所にいることはありません。迷わず離れましょう。人と話すことにハードルがある方は、自分の気持ちをノートやブログに「書く」という方法もおススメです。
人と接するのがつらいとき、どうすればいいですか?
周りが自分より幸せに見える、不安が募りイライラしてつらい、そんなときは周りの人間関係と距離を置くことも大切。日本人は形式や礼儀などに縛られがちですが、気分が落ち込んでいる時こそ自分を甘やかしていいと思います。
やった方がいいけどやれないのは仕方のないこと。たとえばメールも近しい人からの「生存確認」以外は無理して返信しなくてもOK。見て心がザワザワするものは、いっそ見なければよい。心穏やかにいられる空間に籠って、自分の心を守り、そんな自分をゆるしてあげましょう。自分の辛い気持ちを、感じるしかない時はあります。やがて自分のタイミングで動き出せる時がきます。 ただこの時期があまりに辛すぎる時は、専門家をしっかり頼ってくださいね。適切に見守って導いてくれると思います。
じっと閉じこもりたい気持ちのときに。おすすめ絵本
いかがでしたでしょうか。
取材中、何度も「人それぞれです」「一人ひとり状況は違いますからね」とやわらかな声で大沢さんがお話しされる様子が印象的でした。確かに「自分の心と向き合う」「感情を溜めない」といっても、話すことで自分を出せる方、書くことで表現できる方、それぞれ違います。
自分の心は誰といるとき、どんなときに「心地いい」と感じるのか、観察してみてくださいね。
大沢さんプロフィール
大沢かおり(おおさわ・かおり)
神奈川県鎌倉市生まれ。
上智大学文学部社会福祉学科を卒業後、1991年から東京共済病院の医療ソーシャルワーカーに。2003年に乳がんと診断され、初期治療を受ける。2005年に夫を自死で亡くす。2008年にがんになった親とその子どもを支援する「Hope Tree」を設立、代表理事を務めている。